2017年10月26日〜28日

「国土地理院発行の2万5千分の1地形図
(立山、剣岳、十字峡、欅平)」
ルートタイム
下の廊下は、戦前からの電源開発のために黒部渓谷沿いの崖に作られた径で、崖を削って付けられた高度感のある細い径を延々と歩く。
昇り下りはほとんどないが、とにかく緊張感を強いられる径である。
渓谷の中のため、雪解けが遅く、毎年雪解けを待って整備を行った上で開通されるので、歩ける期間は10月あたりの1ヶ月ほど。年によっては開通しないこともあるという。
途中にエスケープルートはなく、黒部ダムから入ったら40km近く歩いて欅平に着くまでギブアップは許されないが、途中に阿曽原温泉小屋があり、温泉に浸かって疲れを癒すことができるのはありがたい。
ルート内にはダムの施設内や素掘りのトンネル等を通ることもあり、通常の登山では味わえない面白い体験もできる。
入山口と下山口が思い切り離れているため、車でのアプローチは不可能。自分ももちろん電車だ。
大糸線の信濃大町駅からバスで扇沢へ。そこからトロリーバスに乗って黒部ダムに向かう。
切符を買うときに「黒部ダム片道」というのがなんだかちょっと誇らしい気分だ。(自意識過剰!)
扇沢駅でバスを待っている間に肉まんを買って昼飯。黒部ダムに着いたのがちょうど14:00。今日は歩いて20分ほどの「ロッジくろよん」のテン場で幕営の予定なので時間はたっぷりある。
明日は早朝にこの入り組んだ駅の中を抜けて行かなければならないため、下見をしようと思い、「旧日電歩道」という看板に従って行ってみる。「旧日電歩道」とは下の廊下のことなのだが、前述の通りもともとは昔の日本電力の業務用通路だったことからそのように呼ばれることもあるそうだ。
バスの走るトンネルから細い枝トンネルに入ると先に鉄製のドアがあり、そこを出ると下の廊下につながる径に出られるようだ。
行ってみるとやはり同じ目的のパーティが数組おり、下見に余念が無い。
明日のルートを確認し、とりあえずロッジくろよんに向かう。
1日目
黒部ダムから見える立山連峰はすっかり冠雪している。
反対側はスバリ岳か。美しい景色を楽しみながらのんびりと歩く。
一旦テン場を通り抜け、奥のロッジくろよんで手続きをしてからテントを設営する。
この時点ではそこそこ空いていたテン場も、夕方になるにつれだいぶ混雑してきた。早いうちに良い場所を取れてよかった。
夕飯は定番の雑煮にするつもりだったのだが、荷物を開くと雑煮の味付けとおかずを途中で買うつもりだったのをすっかり忘れていたことに気づく。仕方がないので、非常食のアルファ米の五目ご飯で夕飯。
だいぶ寂しくなってしまった。
2日目
4時に起床。朝食とトイレを済ませ、荷造りをして歩き始めたのが5時半頃。まだ真っ暗なので久々にヘッドランプを点けて歩き始める。かなり寒いかと思っていたが、それほどでもない。
15分ほど歩いて坑内へ入り、ケーブルカーの黒部湖駅前へ。当然ながらまだ営業前。
一旦外に出て、ダムの上を歩き、再び坑内に入ってトロリーバスの黒部ダム駅のホームを通って、昨日確認した枝坑に入る。
枝坑の途中にはトイレがあり、ここも使用できる。そしてそのすぐ先が出口だ。外から見るとこんな感じ。
坑道を出てから右へ。車の通れる広めの道を下って行く。10分ほど下ったところに右に細い径があり、下の廊下はそこを入っていくのだが、自分は迂闊にもその道を見落とし、さらに車道を下って行くとゲートに突き当たった。黒部ダムを下から眺める展望台らしいが、ゲートが閉まっていて進めない。地図を確認してどうやら道が違っていることに気がつき、引き返して正しい径を発見。小さく案内板も出ていた。
急な斜面をつづら折りに下って河原に降りる。川にかかっている浮橋を渡るが、橋の途中からは巨大な黒部ダムを下から眺めることができる。放水していたら圧巻だったろう。
この辺りはまだ河原の普通の径で、ちらほらと現れる紅葉を眺めながらのんびりと歩く。
段々と雰囲気が出てきた。
こんな滝を何本も越えて行く。飛沫を浴びることもしばしば。
エメラルドグリーンの美しい渓谷の淵と、スケールの大きな岩壁に、ただただ圧倒される。
だいぶ陽が高くなり、渓谷の底にも光が射し始める。陽が当たった紅葉が美しい。
まだそれほど高度感はないが、こんなところがだんだんと増えてくる。
危険な箇所はこのように梯子で高巻きするところもある。
結構登るのだが、降りてくるのはわずか10mほど先だ。
黒部別山谷の雪渓が見えてきた。このルート唯一の雪渓渡りだ。
雪渓の手前でロープのかかった崖を登り、設置された梯子を利用して雪渓に登る。上の写真を見てもらえばわかると思うが、滑落すると数十m落下して岩だらけの河原に叩きつけられること必定なので、雪渓の上にもフィックスロープが張られている。しっかりつかまって渡りたい。
雪渓を渡った先にも延々と続く崖の径。まさに深山幽谷である。
逆ルートを辿る人も多く、時折対向者とすれ違う。場所によってはすれ違いは大変だ。
両側にそびえ立つ岩壁の圧迫感は半端ない。
この場所は自分のお気に入りの一つ。なかなか風情のある良い場所である。
道端の水量の少ない滝。滝つぼには水が溜まる。少し口に含んで見ると大丈夫そうだったので、水を汲んでコーヒーを淹れ、一服ついでに腹ごしらえをする。
13時過ぎ、十字峡に到着。黒部川本流に両側から同じ場所に川が合流する珍しい場所。この吊り橋から眺められるのだが、残念ながら前からも後ろからも人が詰まっており、のんびりと橋の真ん中で写真を撮る状況ではなかった。
十字峡からはさらに崖は切り立ち、高度も上がって行く。
いつの間にか川がどんどん下の方に遠くなる。径を穿っている壁も完全に垂直だ。
この高さになるとさすがに緊張感が高まってくる。
このあたりがS字峡か。足場も狭く、写真を撮るのも必死だ。
2箇所ほど、こんな滝をくぐる所がある。濡れずに通過することは不可能なので、ザックの雨蓋に挟んでいたフリースのインナーは中に押し込み、意を決して通過。
慌てて走り抜けて足でも滑らせては墜落死確実なので、早足ながらも慎重に通過する。
径はまただんだんと高度を下げ、黒四発電所の施設を右手に見ながら下って行くと、現れるのは長い吊り橋だ。
長い橋だが幅は狭く、通れるのは一人ずつ。人によっては揺れて恐怖を感じるため、前の人が3分の2ぐらい進むまで待っていた方が良いのだが、とにかく時間がかかる。
ここから仙人ダムまでが、長い行程の中で唯一黒部川の右岸を歩く区間になる。
吊り橋から少し歩くと、廃墟のようなスノーシェッドが現れる。しばらくは明るいが、出口近くは完全にトンネルになり、まったくの闇となる。軽く考えてヘッドランプを出していなかったらまったく進めなくなってしまい、スマホのライトを点けて急場をしのぐ。
トンネルを抜けてしばらく歩いて行くと、現れるのは仙人ダムである。
ダムの上を歩き、建物へと向かう。
ダムの放流口の上から覗き込む。黒部ダムよりは小さいが、また違った迫力がある。
ダムを渡ると、ルートは建物の中へと入って行く。なんだか不思議な感じだ。
建物に入ると径はそのまま岩の中のトンネルへと続く。人がすれ違うのも大変な狭いトンネルだ。写真では明るく写っているが、実際はかなり暗い。
要所要所にある「旧日電歩道」の案内板に従って歩いて行く。
途中、トンネルが交差する所に職員の方が立っており、登山者の案内をしていた。その交差する横のトンネルからはかなり暑い空気が流れてくる。これがかの高熱隧道か。登山者が迷い込むと危険なので案内が立っているのだろう。
本当にご苦労様です。
トンネルはいつしか金網の貼られたスノーシェッド様の通路になり、そこをしばらく行くと鉄格子のドアが現れる。ルートはここから外に出るようだ。
今出てきた所を外から眺める。まるで要塞のようである。
ダム施設を出て少し歩くと、急な登りが現れる。
距離は大したことはないのだが、かなり急峻な登りで、長い距離を歩いて疲れた体には堪える。
そこを登りきるとまた径は平らになり、ここから欅平まで続く「水平歩道」の始まりである。
バテバテになって這い上がるように急登を終え、ホッとして水平歩道を歩き出す。
しばらく歩いて行くと道の上に張り出した木の枝に1匹の猿が座っている。こいつらは目を合わすとうざい。疲れているし面倒なので無視をしてやりすごしたが、どうやら後から来た人が目を合わせたようで、後ろからギャアギャア騒ぐ猿の声が聞こえてきた。
それほど長くは歩かず、今度は急な下りとなる。笑う膝をだましだまし、やっと下りきると今日の目的地、阿曽原温泉小屋である。
テン場はどうやら一段降りた所にあるようで、手続きをして降りて行くと、一見もうテントを立てる場所がないような混みようである。
それでもなんとか隅の方に場所を見つけてテントを立てる。
しかし、そうこうしているうちに後から後からテントの客が詰めかけ、最終的には殆ど通路もないほどテン場がテントで埋め尽くされるほどになった。
ここは天然の温泉が湧いており、露天風呂に入れるのだが、テントを立てたらなんだか面倒になってしまい、軽く行動食を食べてそのまま寝てしまった。後から考えるとこれが残念でならない。
3日目
最終日。今日は引き続き水平歩道を歩いて黒部渓谷鉄道の欅平まで歩く予定だ。
事前の下調べによると欅平は一般の観光客も多く、特にこの紅葉の時期は昼前から帰りの列車が大混雑となり、午後になるともうその日の切符が全て売り切れることもあるという。
そんな情報が入っていたので、欅平にはできるだけ早く着きたいと思い、4時出発を目指す。
3時半に起床して少し腹ごしらえをしたのだが、真っ暗な中、多少荷造りに手間取ってしまい、少し遅れて4時20分に出発。
当然ながら真っ暗な中、ヘッドライトを点けて出発。
阿曽原からはまた水平歩道の高さまで、昨日下った分を登り返す。真っ暗な中、一人で山の中を歩くのはなかなか精神力が必要だ。
6時頃になり、いくらか明るくなってくる。
前方にまた滝が見えてきた。砂防ダムのようだが、近づいて見て驚いた。
なんと滝の下をくぐるようだ。
トンネルは短いが、中には大きな段差があり、しっかりとヘッドランプを点けないと危険である。
歩いてきた径を眺める。真ん中あたりに横一本に筋が通っているのが径だ。
少し径が広い、安心して歩ける場所では紅葉を楽しむ余裕もあるが・・・。
ホッとするのも束の間。すぐに径はこんな感じへ。
そして現れる志合谷のトンネル。ここは滝の裏側をぐるりと円弧を描いて掘り抜いた素掘りのトンネルだ。出口は100mほど向こうの対岸である。右側の写真の真ん中あたり、小さな滝の上あたりが出口。
トンネルの中は勿論だが灯りはまったくない。長さは数百mほどか。弧を描いて掘られているため、入るとすぐに真の闇となる。もしライトがなかったら絶対に歩けないだろう。
天井が低く、油断しているとヘルメットが時折カツンとぶつかるので、少し腰をかがめて歩いて行く。
出口直前の10mほどだが、かなり天井が低くなっている。さらに下には水が溜まる。
テント装備で20kg近い大荷物を担いでいると、少し腰をかがめたぐらいでは背中のザックが飛び出すため、あまり効果はない。仕方なく、空気椅子のような姿勢でなんとか通り抜けたが、この無理な姿勢が祟って、ふくらはぎの横の筋を痛めてしまう。
そこからしばらくは比較的歩きやすい水平歩道を1時間半ほど歩き、最後に欅平の駅への急降下となる。この下りが痛めた足に堪えた。
それでもどうやら9時30分に欅平に到着。予定していた列車に乗れることになった。
この3日間、ロクなものを食べすに歩いていたので、売店で売っていたフランクフルトを見たらたまらなくなり、列車を待つ間にかぶりつく。
この黒部渓谷鉄道のトロッコ列車は普通の車両と、屋根はあるが横は柱だけのオープン車両があるが、登山者はなぜか当たり前のようにみなオープン車両に乗る。多分皆、自分が汗臭いのを気にしているのだろう。(笑)
ところが10月も末の山中、汗でびしょ濡れの服を着てオープン車両で風にあたっているとこれがとにかく寒い!
行動中はほとんど出番のなかったフリースや合羽がここで役に立った。それでも1時間30分ほど、寒さに震えながらの列車行は、今回一番辛かったかもしれない。
それでも列車から眺める絶景に癒されつつ、どうやら終点の宇奈月に到着。調べておいた「湯めどころ宇奈月総湯」に飛び込んで熱い温泉に浸かる。もう動きたくなくなるほどの極楽だ。
ここからは富山地方本線に乗り換え、列車の中で新幹線の席を予約して、新黒部駅で下車。新黒部駅は北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅がすぐそばなので、ここから新幹線で帰途につく。
長い山行も心地よい安堵感とともに終了だ。