山径独歩(やまみちひとりあるき)
2012年7月25〜27日

「国土地理院発行の2万5千分の1地形図
(立山・剱岳)」

ルートタイム

1日目

1  室堂       09:45
2  劔御前小屋    12:50  〜  13:00
3  劔沢野営場   13:40     

2日目

3  劔沢野営場        05:15
4  一服劔   06:15     
5  前劔   07:20     
6  剱岳山頂   09:10  〜  09:30
7  劔沢野営場   12:30     

3日目

7  劔沢野営場   05:30     
8  別山南峰   06:55     
9  別山北峰   07:10     
10  真砂岳   08:10     
11  富士ノ折立   09:20     
12  大汝山   10:05     
13  雄山   10:30  〜  10:45
14  一の越   11:45  〜  12:10
15  室堂   12:55     

 剱岳といえば、少し前に新田次郎原作の「剱岳〜点の記」が映画化され、記憶に新しい方も多いことだろう。
 私もご多分に漏れず、この映画を観て登ってみたくなった一人なのだが、映画公開直後はかなり混んでいるという話を聞き、しばらく様子を見ていた。
 映画公開から3年になり、そろそろよかろうと行ってみることにした。

 例年のごとく、梅雨明けの天候の安定する時期を狙ったのだが、今年も梅雨明けがはっきりしない。
 あまり遅くなると混んでしまうと思い、天気予報はあまり芳しくなかったが、見切り発車で、7月24日、仕事が終わってからその足で出発することにした。
 夜中の1時頃に扇沢に到着。扇沢には有料の駐車場と無料の駐車場があるが、無料の駐車場はかなりいっぱいである。有料は1日1,000円かかるので、できれば無料の方に泊めたいと思い、探してみると幸い1台空いているスペースが見つかった。
 車を駐め、ほっと息をつくと一気に睡魔が襲って来た。シートを倒し、早々にシュラフに潜り込む。

1日目

 目を覚ますと5時過ぎ、辺りはすっかり明るいが、どうせバスの始発は7時30分なので、眠いのを幸い、しばらくシュラフの中でウトウトしていた。
 しかしだんだんと周囲が動き始め、その気配が伝わってくるとこちらもなんとなく寝ていらなくなり、起き上がって周りを見回してみる。
 やはり朝一で来ているのはほとんどが登山者のようだ。何組もの登山者が荷物の点検をしたり体操をしたり食事をしたりとすっかり動き出している。
 私もとりあえず身支度を整え、朝食におにぎりをほおばり始めた。

 今回は、オーソドックスに室堂からアプローチするコースを選んだのだが、この室堂に行くまでが一苦労である。
 マイカーは扇沢までしか入れないので、まず、ここ扇沢からトロリーバスに乗って黒部ダムに行く。ダムの上を歩いて次の駅に行き、そこからケーブルカー、ロープウェイと乗り継ぎ、さらにもう一度トロリーバスに乗ってやっと室堂に到着である。料金は荷物料(10kg以上)を含め、往復で1万円近くかかってしまった。
 ひとつひとつの乗り物に乗っている時間は短いのだが、私のような大型ザックを担ぐ者は乗り降りの度にザックを担いだり下ろしたりが非常に大変なのだ。
 そんなわけで、室堂までの約2時間で、ずいぶんと体力を消耗してしまった。
剣岳
 9時30分少し前に室堂到着。
 駅舎内のポストに入山届けを出し、外に出て驚いた。小中学校の林間学校なのだろう。幾組もの団体でひしめいている。
 手近な岩に腰を下ろして、少し行動食にカロリーメイトを齧りながら天気の様子を見る。
 雲が低くたれ込め展望はほとんどない。とはいえ時折薄日も射し、今にも落ちてきそうというほどでもなさそうだ。
 食べながら見ていると団体さんはほとんど立山の方に行くようで、少し安心する。考えてみれば小中学校の林間学校で剱岳に登るはずもない。
剣岳
剣岳
 歩き始めるとすぐに現れるのが「みくりが池」だ。温泉地特有の不思議な緑色をした池である。
 計画では最短距離でもあるし、地獄谷の中を通るルートを考えていたのだが、噴気活動が活発で危険なため、このルートは通行止めとなっていた。仕方なく、大回りするルートを行くが、これがあまりにもきちんと整備され過ぎ、延々と続く階段になっていて疲れる。
剣岳
剣岳
 その階段をすり鉢の底にある雷鳥平の野営場に向かってひたすら下る。この野営場は3泊目に予定しているところだが、この階段を登ることを考えるとあまりゾッとしない。
 地獄谷の全景。確かに盛んに噴煙が上がっているのが見える。硫黄臭もかなり濃い。
剣岳
剣岳
 階段を下りきり、一番低い所にある雷鳥平の野営場を抜けると写真のような橋がある。橋を渡った先が分岐になっており、右に行くと一の越または大走り方面、左が大日岳方面や雷鳥坂を通って劔御前山荘へと登る道である。
 ここを大日岳方面との分岐と勘違いして、右に行きかけたが、すぐに気付いて戻る。
 左に行くとすぐに大日岳方面と劔御前方面の分岐があり、ここを劔御前方面の右へと進む。
 ほどなく雪渓が現れた。そこそこ勾配のある雪渓だが、雪はだいぶこなれており、アイゼンがなくても特に問題はない。トレッキングポールの石突きキャップを外しただけで充分頼りになる。
 ただし、早朝等はおそらくアイゼンがないと苦労するだろう。
剣岳
剣岳
 雷鳥坂の急登を喘ぎながら登る。八分方登ったあたりで雷鳥のつがいに遭遇。
 左が雄。右が雌である。
 室堂では100mも先の雷鳥を天体望遠鏡のようなカメラで撮影している人が大勢いたが、こっちに来ればいいのに、などと勝手なことを考えつつ、シャッターを切る。
 雷鳥の写真を撮っていると急にガスが出て来た。雷鳥を見ると天気が崩れるというのは本当らしい。
 雷鳥の天敵はワシやタカなどの猛禽類で、それらの天敵に上空から狙われるのを避けるために天気が悪いときに活動するというのがその科学的な根拠だと聞いた。
剣岳
剣岳
 ガスの中を登って行くとほどなく劔御前小屋に到着。
 今日の登りはここまで、あとは下るだけだ。
 劔御前小屋から見下ろす劔沢の雪渓。これを下って行けば今日の目的地、劔沢の野営場だ。
剣岳
剣岳
 劔沢の野営場が見えて来た。ガスに半分隠れているが、その先に見えるのが剱岳だ。
 13時30分過ぎに野営場に到着。
 管理小屋に行き2泊分1,000円の料金を払う。とても感じの良い若い女性が丁寧に説明をしてくれる。
 良さそうな大岩があったので、そのそばに場所を決め、テントを立てる。
 この劔沢野営場から剣岳山頂まではだいたい4時間程度で、別山尾根ルートで剱岳に登るテント泊の登山者にとって絶好のベースキャンプとなる位置にある。
 もちろんすぐ近くに劔沢小屋や剣山荘などがあり、小屋泊の登山者もこの辺りをベースにする人が多い。
 非常に整備の行き届いた野営場で、管理小屋は富山県警の山岳救助隊員が常駐している。
 水は沢水を引いた掛け流しで水量も豊富。驚いたことに塩素消毒までしているとのこと。
 トイレは貯金箱式の有料だが、非常にきれいで、足踏みポンプ式だが水洗である。その上トイレットペーパーまで設置されているという親切さ。ただし、ペーパーは流さず、別のゴミ箱に捨てるのは山のトイレのお約束だ。
 地面は石だらけでペグは効かない。張り綱は手頃な石に巻き、さらにその石の上に石を積み重ねて固定。うまくやればよほどの強風でない限り大丈夫だろう。

 テントを立て、周囲の景色を眺めているうちに時間が過ぎ、4時頃に無洗米を水に浸す。
 1時間ほど浸してから炊き始める。おかずは何にしようかと思ったが、重いものから先に消費してしまおうと、レトルトの牛丼を温め、炊きあがったご飯にかける。それとフリーズドライの豚汁で夕食にする。
 陽が傾くとけっこう寒く、薄手のダウンジャケットを羽織る。
 食事を終え、夕景を楽しんでから寝ようと思ったのだが、ガスが濃く、山が焼けるのを見ることはできなかった。

2日目

剣岳
剣岳
 4時頃目を覚まし、テントの中でコーヒーとカロリーメイトで軽く朝食にし、テントから這い出す。空は雲ひとつない快晴で、雪が残る劔御前がきれいに燃えている。
 これは絶好の天気になりそうだ。
剣岳
 昨日はガスに隠れて全貌を見せなかった剱岳も今朝はきれいに見えている。
 テントやシュラフはそのままにし、日帰り装備のみで荷造りをする。本当はこのためにサブザックを持ってきたかったのだが、ザックに余裕がなく諦めたので、70リットルの大型ザックに日帰り装備でスカスカになってしまった。無理矢理コンプレッションベルトで締めてなんとか形にする。
剣岳
剣岳
 昨日よりもだいぶ軽くなったザックを背負い、歩き始めたのが5時過ぎ。野営場から少し下り、劔沢小屋の辺りに来ると今日の行程が一望に見渡せる。
 手前の雪渓を渡り、奥に見える剣山荘の脇を抜け、稜線沿いに一服劔、前劔、剱岳まで、見るからに険しそうだ。
 一服劔の手前。振り返ると劔沢の野営場から歩いて来た道を一望にできる。
剣岳
剣岳
 そろそろ鎖場が出て来たが、まだ大したことはない。鎖につかまらなくても歩ける程度だ。
 一服劔より前劔を望む。ここからだと本峰は前劔に隠れて見えない。
剣岳
剣岳
 前劔の登りに取り付いてから振り返り、一服劔を望む。その奥には劔沢の野営場も見えている。
 前劔への登りも難所が多い。傾斜のきついガレ場が多いので、落石を起こさないようとにかく気を遣う。
剣岳
剣岳
 前劔に到着。前も後ろも行程が一望にできる。まだまだ難所が続きそうだ。
剣岳
剣岳
 岩にかけられた鉄橋を渡り、向かいの岩に取り付く。ここはかなり高度感のあるトラバースだ。
剣岳
剣岳
 前劔を超えると本峰の山頂の人影が見分けられるようになった。すでに大勢が登頂しているようだ。
 少し行くと、現れたのがほぼ垂直登攀の鎖場だ。チムニー状になっているので、恐怖感はそれほどでもないが、意外と長い登攀である。
剣岳
剣岳
 狭いチムニーを登りきり、トップを越えると裏側はストンと落ちた一枚岩だ。この岩を下れば平蔵のコルである。
 目を上げるとカニのタテバイから山頂まで、剱岳の核心部が迫ってくる。
剣岳
剣岳
 遠目に岩に張り付いている登山者が見える。
 ちょうど下りルートでカニのヨコバイに取り付いているところらしい。
 さて一枚岩を平蔵のコルに下り、雪渓を渡るとカニのタテバイだ。ちょうど先行者が登っていたので、登り切るのを待ち、こちらもアタックをかける。
 上の写真を見てもらうと分かるが、取り付きは岩の左側になる。通常は出来るだけ鎖に頼らないようにしている私も、ここばかりは全面的に鎖に頼らざるを得ない。ほぼ垂直に近い岩で足場も極端に少ないため、所々に足場代わりの鉄筋が打ち込んである。鎖と鉄筋に頼りながら無我夢中で登り切る。
 登り切ったところは岩棚になっており、そこから下を覗いたのが下の写真だ。後は岩棚を右へトラバースすると、少し広めの岩棚に出る。そこにはペンキの印も鎖もなく、どこを登ればいいのか少し迷ったが、とにかく、登れそうなところを無理矢理よじ登ってみる。天辺を超えたらもしかしたら崖かもと恐る恐る頭を出してみると、そこには安定した道が開けていた。
剣岳

 カニのタテバイの天辺を乗り越え、岩の裏側の道を左へと登る。カニのヨコバイへ下る下山道との分岐を過ぎて少し行くと、またルートに迷った。
 まっすぐに岩をよじ登るのも可能なように見えるが、左に岩を回り込むようにも行けそうだ。
 見回したがペンキの印はない。
 とりあえず左側に回り込んでみる。岩の端まで行ってみるとその先は崖であり、回り込む道はない。途中に登れそうな場所もなく、足場もすこぶる悪い。急斜面のガレ場のトラバースで、足を滑らせたら一巻の終わりだ。これは違ったと引き返す、迷った地点まで戻ると岩場の上から下山者が降りて来た。
 やはりこちらが正解だったかと、下山者をやり過ごしてから岩場に取り付く。鎖もなく、両手両足をフルに使っての登攀だ。
 その岩場を登り切り、再び急なガレ場を登って行くと山頂がもう目の前であった。
剣岳
剣岳
 山頂の祠。山頂には既に10人以上がいた。
 劔沢と両側の劔御前、別山。別山の奥に立山連峰も続いているのが見える。
剣岳
剣岳
 天気に恵まれ、遠く富士山も拝むことができた。
 東から北側にかけては雲海が広がり、日本海を望むことはできなかった。
剣岳
剣岳
 後からも続々とパーティが山頂に到着する。
 素晴らしい景色を眺めながら登頂の満足感にいつまでも浸っていたかったが、まだ下りにも難所が控えている。
 体が冷える前に適当な頃合いで下山を始める。
剣岳
剣岳
 下山道の分岐を過ぎるとすぐにカニのヨコバイが現れる。
 写真のようにトラバースを始める所まで降りるのだが、この場所は遥か下までストンと切れ落ちており、下を見ながら意外に遠い足場まで足を伸ばさなければならず、それなりに恐怖感がある。
 ただ、そこから左にトラバースを始めるとすぐに岩の間に入り、それほど高度感はなくなる。
 カニのヨコバイを抜けると長い梯子の下り。
 そこまでは良いのだが、その先はかなり急勾配の鎖場である。ここがなかなか高度感があり、楽しい。
剣岳
 鎖を降り切ると平蔵のコルのトイレ脇に出る。左に回ればさっき登ったカニのタテバイだ。ここで、登下降路が合流する。
 正面にそびえる一枚岩はさっき下ったところだが、今度は登りである。

 登りは前劔の山頂を越えて来たが、下山道は前劔の東側を巻いて行く。
 登りもきつかったが、前劔の下りは急勾配のガレ場である。滑らないよう、落石を起こさないように歩くのに気を遣い、足の負担は半端ではない。
 前劔を下り切ると今度は一服劔を登り返さなければならない。5〜10分ぐらいの登りなのだが、足を使い切ったこの状態ではこれが意外にきつい。
 登る前に息を整えたにもかかわらず、中腹でへたばりかける。これはもしかしたらシャリバテかもしれないと思い。そこで少し行動食を腹に入れるとだいぶ元気が回復した。
 ほどなく一服劔の山頂。もう一息だ。
 剣山荘まで下ると山荘の裏手に清水が流れている。雪渓から流れ出たばかりの冷たい清水を汲み、喉を潤す。生き返るような心持ちだ。
 剣山荘からはいくつか雪渓を渡り、昼過ぎに野営場に到着である。

 剣岳登頂を終えた満足感に浸りながら、野営場で石に腰掛け、景色を眺めながらぼんやりと時を過ごす。ただ日陰がなく、暑いのには参った。テントの中で横になりたかったが、とても暑くて入っていられない。昨日は風があって夕方は寒いほどだったが、この日は風もなく、時折流れてくる雲が日差しを遮ってくれるとほっとするような塩梅だ。
 それでも陽が傾くといくらか涼しくなり、退屈なので早めに夕食にしてテントに潜り込んだ。

 夜半過ぎ、ふと目を覚まし、テントのファスナーを開けて空を眺めてみる。
 思った通り、昼頃に月が昇り始めていたので、この時間だとちょうど月も沈み、満天の星空だ。これまで見た中で天の川が一番美しく見えていた。
 あまりの美しさにテントから上半身を出して寝そべったまま、しばらくの間見とれていた。

3日目

剣岳
剣岳
 今日は立山連峰縦走の予定だ。
 2泊した野営場ともお別れ。テントをたたんで荷造りをし、5時半頃に出発する。
立山連邦
立山連邦
 最初の目的地は立山三山の一つ、別山である。
 劔御前小屋に向かって劔沢雪渓を登って行くと、途中に別山への分岐がある。これを行けば別山まではかなりのショートカットになる代わり、登りはきつい。
立山連邦
立山連邦
 かなり急なガレ場をトラバースして別山尾根に出るが、ところどころに雪が残っており、慎重に通り抜ける。
 尾根に出ればもうすぐに別山山頂だ。
立山連邦
 別山には南峰と北峰がある。社殿がある主峰は南峰で、北峰はそこから剱岳に向かって突き出している。ほぼ10分ほどの距離なので、南峰に荷物を置いて北峰まで足を伸ばしてみる。
 この別山北峰は立山信仰で地獄の山とされた剱岳を礼拝する場所になっていただけあり、ここからの剱岳の眺めは圧巻である。
立山連邦
立山連邦
 別山からは一旦下り、比較的平坦な道を歩く。少し登り返すと真砂岳だ。
 写真は真砂岳から立山連峰の核心部を望む。富士の折立、大汝山、雄山と、3,000m級のピークが連なる今回のルートの最高峰だ。
 遠目に見ても厳しそうだったが、なかなかどうしてきつい登りである。
立山連邦
立山連邦
 富士ノ折立の肩に到着。この岩が富士ノ折立のピークである。いささかスリリングな岩登りでピークに登る。
立山連邦
立山連邦
 遥か眼下には黒部ダムが黒々と横たわっている。
 振り返れば今登って来た道がずっと先まで見通せる。
 内蔵助カールが見事だ。
立山連邦
立山連邦
 先に見えるのは次の目的地。大汝山だ。手前に休憩所も見える。
 この先はもう登りらしい登りはなさそうだ。
 休憩所で冷たいスポーツドリンクを買い、電解質を補給し、すぐ上の大汝山山頂へ。
 ここまでくると、室堂からの登山客も足を伸ばしてくるため、だいぶ人が多くなる。
立山連邦
立山連邦
 大汝山を過ぎるとほどなく立山連峰の主峰、雄山に到着。ここは遠足の小学生など、団体で大にぎわいである。そういえば2日前に室堂を出発する時も団体さんが大勢こちらに向かったっけ。
 雄山の山頂には神社があり、そこに登るには拝観料500円が必要になる。少々高いような気もしたが、御祈祷をしてもらえるとのことで、せっかくなので登ることにした。狭い山頂に10人ぐらいずつ登り、御祈祷を受け、御神酒を頂く。ひっきりなしの登山客に神主さんも大変だ。
立山連邦
立山連邦
 雄山から望む槍ヶ岳。やはり槍ヶ岳は存在感がある。
 雄山から一の越への下りはとにかく大変であった。
 なにしろ、登ってくる団体が蟻の行列のように途切れることがない。幸い、歩けそうな場所は多く、行列を避けて右へ左へと複雑なルートを通って下るが、それでも行列とぶつかってしまう箇所がある。
 一応登り優先が原則だが、いくら待ってもきりがないので、適当に声をかけて通してもらいつつ、やっとのことで一の越まで下る。

 この時点で時刻はちょうど昼時。これから浄土山を登って室堂に降りるか、このまま直接室堂に降りるか迷った。
 このまま室堂に向かえば今日中に帰れるが、浄土山に登るなら、雷鳥平の野営場にもう一泊することになる。当初はその予定だったのだが、2日前、雷鳥平を通ったとき、少々じめじめしていたのと、雷鳥平から室堂へ登り返す階段を考えると少々気が削がれた。
 迷った末、浄土山は次回の楽しみということにして、今回はパスすることにした。
 一の越からは小1時間で室堂へ。室堂のみくりが池温泉で垢を流し、昼食をとる。風呂の後は用意していたTシャツ、短パンの軽装に着替え、3日間の汗のしみ込んだ登山服はザックにしまったが、これが重いのなんの。風呂に入って気が緩んだせいもあるのかもしれないが、温泉からバスターミナルまでのわずかな登りが自分でも信じられないほどきつかった。

山径独歩(やまみちひとりあるき)